『声をなくして』(永沢光雄)&「問われる議会の見識」中日新聞より


『声をなくして』(永沢光雄著/晶文社/2005)を読んだ。
ガンで声帯をなくして、声を失った永沢光雄さんの「日記」。

帯にこんなことばがある。

『AV女優』などの話題作でインタビューの名手として知られる永沢光雄が、43歳の或る日、下喉頭がんの手術で声を失ってしまった。その闘病生活を1年にわたり赤裸々に日記に綴った。
 朝起きる。ひどい首の痛み。そして、呼吸困難。鼻につながる気管も切除され、呼吸は左右の鎖骨の間に空いた穴から行う。全身のどんよりとした疲れ。まず最初の日課は焼酎の水割りで大量の薬をのどに流し込むことだ。
 そんな日々でありながら、筆者の筆致はユーモアに満ち、声を失った自分を時にはおかしく、時には哀しく描いている。だから、みんなも、毎日がつらくても生きて欲しい。他者への暖かいメッセージが行間にあふれている。

泣き笑いをしながら、半日で読んだ。
約30ページの「少し長いあとがき」が秀逸だ。

「雫である。
人の、一人の人間の一生なんて、雫である。
心からそう思う。・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(中略)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私は、言う。ちゃんと、言う!
みんな、死ぬな!」。


岐阜県の東端のまち、中津川市議会に、
同じようにガンで声を失った小池さんという議員がいらっしゃる。
「議会で発言の権利を奪われている」という報道を知ってから、
面識はないけれど、ずっと気にかかっていた。
小池さんは、本で知った闘病生活を経験しただけでなく、
議会という場においても、議員としての声をなくしている。
声を奪っている原因は、小池さんでもガンでもなく「議会」にある。

議会は“言論の府”といわれるように、議員活動の基本は言論であって、
問題は、すべて言論によって決定されるのが建前である。
このため、議会においては、特に言論を尊重し、その自由を保障している。
会議原則の第一に「発言自由の原則」が挙げられるのもそのためである。
(『議員必携』より)


言論をうばれてしまっては、議員の公務はできない。
「代読させない」ということは、この「発言自由の原則」
を議会みずからが踏みにじるということだ。

さいしょに、議員たちが「代読させないと決めた」と聞いた時、
なんてイジワルな議員ばかりなんだろう、と思った。
同時に、わたしの議員経験に照らして、さもアリなんとも。
議会は、外の世界なら常識である他者に対するやさしさや、
弱者に対する配慮は無縁の「弱肉強食」の世界。
弁護士会の人権擁護委員会の勧告まで無視して、
「治外法権」とでも思っているのだろう。
こういうことが起きると議会の倒錯ぶりが露呈される。

こんな傲慢な議員たちが、市民のすべての生活にかかわる
政策やサービスを日々、意思決定しているなんて、
不幸なのは、中津川市民も、だろう。

今朝の中日新聞に、以下の囲み記事が載ったので、
転載して、紹介したい。


中日新聞2005.12.19付「物見櫓(ものみやぐら)」より
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「問われる議会の見識」
大阪夕陽丘学園短大教授・川崎和代


 岐阜県の中津川市議会で、ガンで声帯を失った議員が議会事務局職員の代読による発言を認めるよう求め続けている。ささやかな、しかし切実な要求だ。
 本年5月大阪に住む私に、市議夫人から突然電話があった。人づてに私が障害者の参政権保障について研究していることを聞いたという。話によれば、議会は、代読はダメだが、音声変換機能付きパソコンを使った発言なら認めるという案を示したそうである。パソコンの音声変換は代読に勝るほどのレベルにはないし、何より議員が求めているのは代読による発言で、それがダメだという合理的な理由が明らかではない。
 この11月16日には、岐阜県弁護士会の人権擁護委員会が議会事務局職員の代読による発言を認めるように勧告した。この勧告後に、議会は、事前準備不可能な本会議での再質問と委員会での質問には代読を認めるという対応を示した。それなら、なおさら一般質問で代読を認めない理由がわからない。
 12月15日の委員会では初めて副委員長が代読する形で発言が認めるられ、不都合なく議事はスムーズに進行したという。パソコンの利用に固執する理由がないことは、これであきらかとなった。議会に求められるのは、委員会だけでなく本会議でも、すべて代読を認めることであり、副委員長による代読が、議員の発言内容をチェックすることにならないように求めておきたい。問題は解決したわけではなく、今後の対応の中で議会の見識が問われるのである。
 いうまでもなく、議会での議員の発言は議会活動の中核部分である。その保障は憲法21条が定める政治活動の自由に属する。発声障害のある議員にその完全な職務遂行の便宜を提供しないのは、発声できる議員にだけ議会活動を保障するというのと同じで、政治的関係における差別にあたり憲法14条に違反する。
 障害者基本法に基づき平成14年12月に閣議決定された障害者基本計画も、障害者が「自己選択と自己決定の下に社会のあらゆる活動に参加、参画」できるよう、支援することを求めている。中津川市議会には、全住民の代表機関として、この憲法と障害者基本法の前で、堂々と胸を張ることができるような対応をとってほしいと思う。
 12月4日東京で開催された「障害者の生活と権利を守る全国連絡協議会」全国集会で市議の代読発言を認めるよう求めていくことが提起された。いま、政治への障害者の完全参加を求める人々の厳しい目が中津川市議会に注がれている。(憲法学専攻)
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「声をなくす」ということが、どんなに辛いことなのか、
わたしには、想像することしかできない。
もしわたしが、二重にことばを奪われたなら、
「議員の発言の権利の保全」を求めて、
裁判所に権利保全の仮処分を提起するだろう。

小池さんが、何年も議会での発言の権利を求めて
たたかってきたことを、最近までわたしは知らなかった。

表現の自由を尊重し、言論でたたかうマスコミこそ、
もっともっと、大きな声で、
この問題を、ひろく社会に知らせてほしい。

そしてなにより、中津川市議会は、すべての議員に対して、
ただちに「発言の自由を保障する」べきだと思う。

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by midori-net | 2005-12-19 18:31 | 活動
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