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5‐6 いつ立候補を表明するか?

 「立候補を表明する」ということは、特定の選挙の立候補予定者になるということです。「立候補をしようとするもの=候補者等」は、公職選挙法(公選法)の対象になります。逆にいえば、だれの政治活動にも関係ない市民運動をしている間は、公選法が適用されません。特定の候補者を応援するための運動は、政治活動とみなされます。
 「選挙事務所を開設する」ということは、客観的な立候補表明になりますし、「政治団体届け」を出すということは政治活動をはじめるということなので、立候補予定者とみなされます。立候補予定者であるという情報はアッというまに、まちじゅうにひろがります。 支持者をひろげる方法はふたつあります。ひとつは、立候補の意思を持ちながら表明せず、市民運動などで支援者をふやすという方法、もうひとつは、はやめに「政治団体届け」を出して政治活動としてリーフレットなどを配布するという方法です。このどちらを選ぶかは選挙の重要な作戦となります。
 かなりはやい時期に立候補を決心している場合は、作戦として、市民運動の事務局として候補者の名前をさりげなくPRしながら、仲間たちと選挙の準備をする方法があります。公選法では「政治団体届け」を出すまでは、タダの市民とみなされますので、ニュースも自由に出せますし、活動の制約がないというメリットがあります。
 いっぽう選挙に関係した活動だとはやく市民に知らせたい場合や、選挙まであまり時間がないなら、「政治団体届け」を出して、イッキに立候補予定者として政治活動をもりあげるのがよいでしょう。 長距離走は持久力がいりますので、ラストスパートをかけるだけのペース配分が必要ですし、短距離走では瞬発力がいりますので、走りだすまでの準備運動が必要です。
 いずれにせよ、一日もはやく立候補を決心し、決心したら具体的に動き、運動をひろげましょう。

《法律条文》
・〔政治団体の届け出〕 政治資金規正法第6条
・〔この法律の目的〕公職選挙法第1条

※「政治団体届け」については、各都道府県の選挙管理委員会にお問い合わせください。
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『市民派議員になるための本』(寺町みどり著/上野千鶴子プロデュース/学陽書房)
5‐5 どんな選挙がしたいのか?

 議員に必要な資質は、選挙で有権者に約束したことを守るということです。
 選挙は、候補者と有権者との契約の場です。候補者は選挙で公約し、有権者はあな
たの政策やスタンスに投票することで4年間の先行投資をします。
 選挙のスタイルと議員としてのスタンスは地続きです。従来型の組織選挙や地域選
挙をして、当選したら市民派議員としてはたらくということはむつかしいでしょう。
なぜなら、従来型の選挙は、当選したら利益誘導するという約束をして議員になるか
らです。議員は支持者にコントロールされ、組織の意思にしばられます。
 その逆はときどきあります。いままで市民型選挙のノウハウで選挙をし、当選して
から政党にはいった人を何人も見てきました。当選するために市民型選挙を利用し、
政党に走るのは市民に対する背信行為です。候補者にうらぎられると、市民は政治そ
のものに対して不信感を持ちます。
 だから最低限、議員に必要な資質は、正直で誠実であることです。あなたはどんな
選挙がしたいのか、市民型選挙をしたいのか、具体的にイメージしてみてください。
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5‐4 どんな議員になりたいのか?

 あなたはどんな議員になりたいですか? 
 現状の議会制度や行政を変えたいと思っていますか? それとも、とりあえず現状
を受けいれたうえで政策を実現したいですか? 
 どんな議員になりたいかを考えるとき「スタンス」ということが大切になります。
スタンスとは「足場」のこと。政治家としての自分のスタンスを決めることは、政策
より大切なことかもしれません。どこに足場をおき、4年間どういう姿勢で仕事をす
るかということです。
 無党派・市民派候補者のスタンスを具体的にいうと、「平場の市民の立場ではたら
きます」「弱者の視点で公平・公正な判断をします」ということです。
 市民とどのような関係をつくるのかも大切なことです。市民に対しては、「利益誘
導をしません」「利害関係で動きません」「議員になってもいばりません」「議会だ
よりをだします」というものです。
 議員になったら、議会でだれと組むのかも考えておきましょう。数が多いほうがよ
い、他の議員と組んだほうがよいと思う人は、議会のなかで「会派(かいは)」をつ
くります。会派に入れば仲間ができてこころ強いかもしれませんが、議会で自分の意
見を発言する前に、会派のなかで調整することになります。議会のあらゆる場で、自
分の意見を主張したい人は、会派には入りません。
 「政策」と「スタンス」はちがいます。議員としてはたらくためには、そのどちら
も明確にすることが必要です。
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5‐3 あなたはなにがしたいのか?

 環境、福祉、教育などの市民運動をしている人は、運動のなかで、行政や政治のカベにぶつかりつづけ、やがてみずからその制度のなかにはいって、なかから変えたい
と決心して議員になる人が多いようです。そんな市民派議員たちは、現実の政治の慣例やシステムを変えたいと、議会で孤軍奮闘しています。
 あなたは議員になったらなにがしたいのですか? それとも議員になりたいだけですか? 当選さえすればなんとかなると思っていませんか?
 政治を変えたいと思っているけれど、具体的な政策がない人は、いまからでもあなたのやりたいことを考えてみましょう。仲間がいるなら、仲間といっしょに関心のある政策を考えてください。政策をむつかしく考えることはありません。政治は生活そのものです。朝おきてから、夜ねるまでの毎日の生活の中に政治があります。あなたが毎日の生活で、なにかに疑問を持ち、解決したい問題があるなら、そのことをコトバにしていけば、政策が生まれます。政策はどこか遠くにあるものではありません。
 市民型選挙をすすめるには政策が必要です。その政策を市民から市民に、平場の関係で伝えていくのが市民型選挙です。多くの市民に共感され支持されれば、かならず当選します。
 従来型選挙の候補者が、リーフレットもつくらず、演説もしないのは、政策の中身がなくて、したくてもできないからです。おなじように、もしもあなたに議員になってやりたい仕事がなにもないなら、選挙で政策が立てられないでしょう。やりたいこと、政策がなければ、リーフレットもつくれませんし、演説もできません。だから、とりあえず議員になりさえすればなんとかなるという考えでは市民型選挙はできません。
 なにも政策のない候補者は、議員になりたいだけの候補者でしょう。議員のイスに座ってみたいだけの人。議会の場で議論したいと思わない人は立候補をしないほうがよいかもしれません。
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『市民派議員になるための本』(寺町みどり著/上野千鶴子プロデュース/学陽書房)
5‐2 決心するのはあなた

 あなたに政治を変えたいというこころざしがあり、「ジバン・カンバン・カバン」も、支持政党も組織もないなら、それだけで、すでにあなたは立派な無党派・市民派候補です。 市町村(基礎自治体)の、女性候補者に対する当選者の割合は8割を越えています。10人のうち8人の女性が、立候補さえすれば当選するということです。でも、市より町のほうが当選率が高いのに、人口の少ないまちほど女性議員が少ないのが現状です。原因は、立候補する女性の数が少ないからです。
 女性が立候補できないのは、そのまちに女性に対する差別や抑圧があるからです。どんな保守的なちいさなまちにも、女性を当選させる潜在的な可能性があります。なぜなら、どのまちにも女たちが耐えている現実のくらしがあるからです。なにも持たない女性が立候補し、市民型選挙をすることは、ただそれだけで、多くの女性に勇気と希望をあたえます。
 あなたがもしここまで読んで、わたしにも市民型選挙ができるかもしれないとこころが動くなら、あとはあなたの決心だけです。      
 仲間がいない? これからふやせばいい。政策がない? 仲間と相談してつくればいい。選挙のことをなにも知らない? 従来の選挙の手法は知らないほうがいいんです。市民型選挙のノウハウがない? 議会のことを知らない? この本を最後まで読んでください。 候補者さえいれば、選挙はできます。なぜなら「候補者の考えを、
有権者に伝える」ことが、選挙の基本だからです。
 立候補の決心はひとりでするものです。あなたの決心から、選挙のすべてがはじまります。なにかを決意すると、こころのなかでコトリと小さな音がして、まわりの景色がかわります。あなたが決心し、勇気を出してはじめの一歩をふみだせば、まわりの人を動かします。
 あなた自身のちからを信じてください。
 決心するのは、あなたです。

《参考》
・地方議会における女性議員の推移→グラ
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# by midori-net | 2007-01-29 08:19
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第5章 立候補をどう決めるか?
5‐1 出したい人より出たい人を

 「出たい人より出したい人を」というコトバを聞いたことがある人からは、エッ逆じゃないのと言われます。そのとおり。まったく逆の発想です。このコトバには、当選したら議会で、だれがどのように議員としてはたらくか、の決定的なちがいがあらわれています。わたしの意見を持ち、わたしの意思と判断で議員としてはたらくには、まず出たい思いの強い人であることが不可欠です。 
 往々にして「だれかを出したい」「まちを変えたい」と走りまわる人が、もっとも思いが強い人です。だったらだれかを探すより自分で出たほうが話がはやい。やっと見つけた「出したい人」が当選したら体制に取りこまれていくケースは、残念ながら多いようです。ヒトからたのまれて出た候補者は、自己決定の連続の議会で、なかなか、よい無党派・市民派議員にはなれません。
 「市民型選挙はお祭りだ」と書きましたが、無党派・市民派候補者はミコシの上には乗りません。候補者は、先頭でミコシをかつぐ人。候補者が、ミコシの上であぐらをかいている選挙は、市民型選挙ではありません。みずから情報を収集し、考え判断し、行動するのが市民型選挙の候補者です。選挙で当選し、翌日から議員としてはたらくのは、候補者自身です。だから候補者は、仲間や市民とおなじ平場で、候補者自身がカナメとなり、いちばんさきを歩き、状況をよく知ることが大切です。
 仲間のなかから候補者を選ぶとき、もっとも信頼され、リーダーシップのある人が、候補者になるのがいちばんです。でも、もしその人がまったく政治に興味がないなら、説得するのは「時間のムダ」。内心、立候補してもよいと思っているのに「だれかに推されて出たいわ」と、自己決定もせず、ヒトに責任を転嫁する人はロンガイ。
 多くの選挙を見てきた経験から言うと、政治を変えたいという思いの強い人が候補者になるのがベストです。
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4‐3 市民型選挙は、人を変えまちを変える

 市民型選挙の原則は「他の候補者とちがうことをする」「ヒトのしないことをする」ということです。キーワードは「変える」です。なにもないのを強みにして、選挙を、政治を、まちを、現状を「変えたい」という思いを、市民に印象づけましょう。
 投票は、候補者への先行投資。市民は「わたしが動けばまちが変わる」という政治に対する期待感を一票に託します。 
 多くの人が市民派候補の名前を書いて投票箱に入れたとき、まちは確実に変わります。当選しても、しなくても、です。結果はあとからついてきます。
 有権者は、ナマエもカオも知らない人の名前はなかなか書いてくれません。前回まで「○山〇男」と書いていた白紙の投票用紙に、はじめての「○田〇子」と書くというのは抵抗があるものです。きのう会ったからといって、きょう投票してもらえるものでもありません。
 市民派候補の名前を書いてもらうためには、ネットワークをつくって、あらゆる表現で、有権者に政策やメッセージを届けることが大切です。メッセージが届いてはじめて、市民は「なにがいちばん大切か」を考えはじめます。目には見えないけれど、市民がだれかに頼まれたわけでなく、みずからの意思で「この人に入れる」と決めるとき、人は変わります。
 市民型選挙で「当選する」「結果を出す」というのは当面の着地点です。そこに行きつくまでに、たくさんの出会いがあり、感動があり、ドラマがあります。感動は人のこころを動かします。市民型選挙をすすめていくなかで、候補者も仲間もきたえあい共に育ちます。メッセージを受けとった市民も変わっていきます。
 選挙はけっして一方通行ではありません。
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4‐2 市民型選挙の行動3原則

 88年に出会った上野千鶴子さんの『女遊び』。冒頭から読むとヒトマエではとてもひらけない(と思う)ヒトがいるかもしれない本ですが、後半には「女性学」「組織論」「おんなの運動論」が明解に書いてあり、わたしは強く共感しました。なかにこんな一節があります。
 「日本の反体制運動の中には、ネットワーク型運動の先例がある。60年代に広がったベ平連の運動である。ベ平連の運動はそれ以前に1960年の三井・三池闘争の中で谷川雁さんたちがになった「大正行動隊」の行動原則にお手本を持っている。
その行動3原則は、
 ①やりたい者がやる、やりたくない者はやらない。
 ②やりたい者はやりたくない者を強制しない。
 ③やりたくない者はやりたい者の足をひっぱらない。
 という簡単なものである。言ってしまうと簡単なようだが、よく考えぬかれている。」 この行動3原則を、そのまま現場でカタチにしたものが市民型選挙です。
 これを「選挙3原則」と大きく書いてカベにはれば、あなたのまちで選挙の歴史と常識をぬりかえる、アッとおどろく画期的な市民型選挙が実現できます。 
 ①に行動をつけくわえるなら、「やりたい人がやりたいことをする。やりたくないことはやらない」です。「やりたくないこと」はとってもカンタン。「いままでの選挙のここがイヤ!」と思うことを、ぜんぶやらなきゃいいんです。
 市民型選挙は、一票から積みあげる、たし算、かけ算の選挙です。「やりたいこと」は、チエと工夫で実行に移しましょう。選挙に正解はありません。

《参考文献》
『女遊び』上野千鶴子著、学陽書房
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『市民派議員になるための本』(寺町みどり著/上野千鶴子プロデュース/学陽書房)
第4章 市民型選挙をたのしもう
4‐1 市民型選挙はお祭りだ!

  市民型選挙は、4年に一度のおんなたちのお祭りです。
 わたしたちにはなにもありません。だけど、ヒトのつながりという財産があります。この財産だけは使っても減りません。あとからあとからわいてくる「打出の小槌」のようです。なかまたちは、たのしい祭りに参加したくて、わくわくとまちのなかからわいてきます。
 選挙カーは「うごく舞台」。仲間がならんで手をふって、候補者がマイクから思いのたけを語れば、そのコトバに耳をかたむけてくれる人がいます。共感して拍手し、握手を求めてくる人もいます。
 選挙カーから手をふれば、遠くから「ガンバレヨー」とふりかえしてくれる人もいます。ヒトとヒトとがつながることの確かさを、選挙で感じることができます。これはとてもユカイな経験です。
 市民型選挙は参加型選挙だから、政策も自分たちでつくります。「わたし」の提案がリーフレットとしてかたちになり、政策になります。リーフレットを持ってまちに出れば、たくさんの出会いがあり、市民からはげましを受けます。多様な個性が、アイデアを出しあってなにかをつくりあげるって、ほんとうにたのしいものです。
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『市民派議員になるための本』(寺町みどり著/上野千鶴子プロデュース/学陽書房)
3-5 市民型選挙の注意事項

 市民型選挙をするときの、基本的な注意事項をあげてみましょう。
①ひとりよがりにならない。
②ちいさくまとまらない。
③市民より意識が高い、わたしたちがゼッタイに正しいと、思わない。
④有権者の受信能力をあなどらない。
⑤どんなによい政策でも、選択するのは有権者。
⑥ムードだけの選挙にしない。
⑦メッセージを有権者に確実に届ける作戦を立てる。
⑧ひろがっているハズ、というおもいこみは通用しない。
⑨ひとつずつやりたい仕事、できる仕事を、確実にこなしていく。
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『市民派議員になるための本』
(寺町みどり著/上野千鶴子プロデュース/学陽書房)
3‐4 市民型選挙のおちいりやすいワナ

 市民型選挙にもおちいりやすいワナがあります。「教科書問題」「高速道路反対」などの個別の政策課題は、その人にとっては切実な問題かもしれませんが、これだけを政策としてかかげても当選しにくい傾向があります。
 なぜなら、特定の課題は、だれもが興味をもっているとは限らないからです。個別課題では、それに興味をもち、共感した人にしか投票してもらえません。だから個別課題ではなく、できるだけひろい範囲の政策を立てましょう。この注意は、市民運動出身の市民派候補者には、とくに大事なように思います。
 市民運動をやってきて、選挙も経験して学んだことは、「わたし」が正しいと思う政策だけをあげても、選挙になりにくいということ。それはなぜだろうと考えたとき、「市民がのぞんでいることはなにか?」という発想の転換がおきます。市民運動をやっていると、「わたし」のアピールを受けとらないほうがわるい、聞かないほうがわるいと思いこみます。「わたしたち正しいことをやってるのに、理解しない市民がわるい」って。わたしもそうでした。でも伝えたいことが伝わらなければ、言葉を発する側の伝えかたがわるいのです。「受け手にどんなメッセージを届けたら受けとってもらえるだろうか?」という発想は、市民運動だけを必死にやっているときは、余裕もないし、なかなか思いうかびません。
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『市民派議員になるための本』
(寺町みどり著/上野千鶴子プロデュース/学陽書房)
3‐3 だれでもできる市民型選挙

 「だれでもできる」というのは、「タダの市民なら」という意味です。そうじゃない人が、カタチだけ市民型選挙のマネをしようとしてもうまくいきません。それはなぜでしょう?
 市民型選挙のいちばんの特徴は、選挙をになう市民と候補者が、いまある権力構造、利益誘導型の政治の恩恵にあずかったことのない人たちだということです。そこからぬけおちた人、谷間にこぼれおとされた人、そして自分の意思でぬけた人も含みます。
 現在の政治は、行政と議会が強い権力と権限を持ち、政党や地域ボスや土建屋が、カネとモノをまわしあっています。市民型選挙は、そこからまったくはずれた市民が候補者になり、おなじ立場の多くの市民にメッセージを伝える選挙です。そういう人なら「だれでもできる」選挙です。
 「わたし」のいままでの思いを「あなた」に伝えれば、市民から市民へと思いは確実に伝わっていきます。わたしのくやしい思いや、毎日のくらしで疑問に感じていることが、そのまま政策になっていきます。
 「わたし」がいままで思っていたことを、言葉で表現すると、権力構造のなかにいる人たちは、「なにをバカなことを言ってるんだろう」と思うようですが、市民は共感してくれます。
 市民から市民へ、コトバにのせた思いのリレーが市民型選挙です。
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『市民派議員になるための本』
(寺町みどり著/上野千鶴子プロデュース/学陽書房)
3-2 従来型選挙とどう違うか?

 選挙の常識とルールをくつがえし、これまでの選挙の地図をぬりかえているのが市民型選挙です。
 従来型選挙は、「ジバン・カンバン・カバン」を必要条件とする組織選挙です。その3要素が、大きくて強固なほど当選の可能性が高いというのが、これまでの「選挙の常識」でした。
 なにも持たない市民が、おなじ武器でたたかったら勝つ見こみはないでしょう。それに選挙は、他の候補者とたたかうものではなく、候補者の「わたし」の政策を、有権者の「あなた」に信任し、投票してもらうものです。だから、他の候補者のやりかたを気にすることはありません。
 市民型選挙では、市民と平場(タテ型ではなくヨコにつながる)の関係であることを大切にします。候補者も有権者もおなじ目線の高さにいる、ということです。他の候補者は、政党や組織のなかにいたり、地域のボスだったり。市民とちがう高いところにいる人が、おカネや組織を使って「一票ください」と言ってきます。
 市民型選挙は、おなじ場にいない人たちにはなかなか見えません。肩書がない候補者なんかと言われます。「肩書がない」ということは、いままでの選挙ではいちばん不利な条件のはずでした。でも肩書がないことに市民は共感します。「組織がなかったら当選しない」というのは、選挙の重要な常識のひとつでした。でも「トップダウンではないネットワーク型」なら、組織がなくても当選できます。
 従来の候補者は、だれかからの指示や日当がないと市民は動かないと思っているようです。選挙で名前を大声で叫べば有権者は投票すると思っています。ほんとうにヒトをバカにした発想です。人間関係のしがらみを使って動員をかけ、政策をあきらかにせず、演説もしないで「票を取る」という発想。こんな貧困な発想や従来型の選挙に、市民はあきあきしています。
 もうオヤジ議員にはまかせておけない! 感性の鈍いオヤジ候補は、議会でイネムリするよりも、縁側でイネムリしててほしいものです。
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『市民派議員になるための本』(寺町みどり著/上野千鶴子プロデュース/学陽書房)
第2部 勝てる選挙
第3章 市民型選挙とは・・・

3-1 市民型選挙とはなにか?

 「組織もない女性が、どうしてこんなにたくさんの票をとって当選できるんですか?」-市民派候補が大挙して当選した‘99統一自治体選挙の直後、「女性を議会に!」の運動をになっていたわたしのところに、マスコミから殺到した質問です。この問いに、わたしなりにこたえてみましょう。

 「市民型選挙」は、ネットワーク型選挙ともいい、組織ではなく、個人から個人に、候補者のメッセージを届ける選挙、「ジバン・カンバン・カバンを持たないタダの市民が」「仲間で政策をつくり、おカネをかけないでやる」選挙です。
 組織にいる男たちや政党の人、地域選出の候補者など、いままで選挙を一回でもやったことがある人たちからは、「組織もない個人が、女ばかりあつまって、あんなやりかたで当選するハズがない」と言われます。
 ところがイザ開票すると、現実に無党派・市民派候補者は当選していきますし、なかにはトップ当選の人もあります。
 選挙は、基本的に「候補者の考えを有権者に伝える」ものです。有権者は、たくさんの候補者のなかから、意中の人の名前を投票用紙に書きます。
 従来の候補者は「入れてくれたら見返りをあげましょう」と利益誘導し、有権者も、「票はカネだ」と思っている人はカネで、義理が大事と思っている人は義理で投票します。政党や自治会など組織のウエからの指示で投票する人もいます。
 でも、市民型選挙をするわたしたちにとっては、有権者は“数”としての票ではなく、ひとりひとりが意思を持つ“人間”です。
 「議員になってなにがしたいか」「議会でどのようにはたらきたいか」を、ばくぜんとした有権者一般にではなく、ヒトからヒトへの個別の関係のなかで確実に届け、伝えていくのが、市民型選挙なのです。

《法条文》
・憲法第15条①②③④(→2-2参照)
・憲法93条②(→1-3参照)
・〔この法律の目的〕 公職選挙法第1条
・〔議員及び長の選挙〕 地方自治法第17条
・〔選挙権〕 地方自治法第18条
・〔議員及び長の被選挙権〕 地方自治法第19条
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_本のあとがき_______________________________________________
-「産婆」役の立場から-
     
 昨年11月に本の企画を立ててからおよそ1年。十月十日月満ちておぎゃあと本が生まれた。書いたのは寺町みどりさん。この人は書ける、書くべきメッセージを持っている、とわたしは確信し、「産婆」役を買って出た。 孕んで産んだのはみどりさん。わたしはそれを手助けしただけ。
 「無党派の風」なんて言うが、どちらを向いて吹いているのか、皆目わからない。長野県の田中康夫と東京都の石原慎太郎がいっしょに扱われるのも、なんだかおかしい。千葉県の堂本暁子に吹いた風と、大阪府の太田房江を押し出した風が同じとも思えない。「無党派って、なあに? わたしにわかるように説明してください」から、本の企画は始まった。
 無党派・市民派はどの議会でも少数派で孤立している。議会のなかには味方がいないが、議会のそとには仲間がいる。政党は新人議員でも守ってくれるが、無党派には市民以外に、だれもうしろだてがいない。そろそろ無党派・市民派の議員たちの経験とノウハウが蓄積され、伝達されていい頃だ。そう思ったら、「む・しネット」のなかには、おどろくべきノウハウが宝の山となって蓄積されていた。
 議員体験記なら他にもあるが、ここまで周到に目配りよく、議員になるまでと議員になってから遭遇するさまざまな課題に、こんせつていねいに応えている本はあるだろうか? 既成政党の議員さんたちが読んでも役に立ちそうなのが、こわいくらいだ。出たいひとにも、出したいひとにも、続けたいひとにも、選びたいひとにも、それぞれに役にたつ、かつてない本だと思う。
 この本をゲラの段階で読んだ市民派議員のひとり、ごとう尚子さんが「本
が売れた数だけ、議会が変わると思います」と感想をくれた。そのフレーズをいただいて、こんなキャッチコピーをつくりたい。
 「この本が売れた数だけ、日本の政治は変わるでしょう。」
                     上野 千鶴子
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『市民派議員になるための本』
(寺町みどり著/上野千鶴子プロデュース/学陽書房)2-4 無党派・市民派議員になにができるか?
       
 無党派・市民派議員になにができるか、カンタンに整理してみましょう。
 まず議会で、①一般質問をする、②条例案の審議をする、③予算案の審議をする、④決算認定の審査をする、⑤議案について討論し、賛否の意見を表明する、⑥表決により議案に対する賛否の意志を示す、⑦慣例や前例を変え、議会改革をする、⑧政策を提案し、実現する、⑨政策を評価する、⑩請願の紹介議員になる、ことができます。
 自治体(まち)では、①まちに出て市民の声を聞く(情報収集)、②市民に情報(ニュース)を発信する、③市民といっしょに政策を研究する、④情報公開請求する、⑤住民監査請求する、⑥市民運動に参加する、ことができます。
 まちの外では、①情報を収集する、②先進地に学ぶ、③ネットワークをつくり他のまちの議員と交流する、④議員の勉強会に参加する、などがあります。
 無党派・市民派議員は、4年間の議員の任期のうちに、議会や政治の現場で、地域社会で、まちの外で、たくさんのことができます。そのためには、まず選挙で当選しなければなりません。
 第2部からは、「選挙」「議会」「政策」「市民」と、市民型選挙、行政や議会とのかかわり、仲間や市民との関係などについて、ひとつひとつ具体的に、経験とノウハウをお伝えしましょう。
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『市民派議員になるための本』
(寺町みどり著/上野千鶴子プロデュース/学陽書房)2-3  女ならだれでもよいのか?

 では、女ならだれでもよいのでしょうか?
 この問いに対するわたしの答えは「女ならだれでもよいわけではない」です。なぜなら「女である」というだけで、手を組む理由がなにも見つからないからです。
 女ならだれでも、「権力指向ではない」のでしょうか。女ならだれでも「権威主義ではない」のでしょうか。女ならだれでも「弱い立場の人を大切にする」のでしょうか。女ならだれでも「ジェンダーの視点がある」のでしょうか。女ならだれでも「ひとを差別しない」のでしょうか。女ならだれでも「環境を大切にする」のでしょうか。女ならだれでも「利益誘導しない」のでしょうか。女ならだれでも「市民自治をめざす」のでしょうか。女ならだれでも「体制を変えたい」のでしょうか。
 わたしの答えはすべて「NO」です。では、男はすべてダメなのでしょうか。前項のすべての答えは、やはり「NO」です。
 女性議員をふやす運動にかかわると、「まず女性がひろく手をつなぎ、女性議員の数をふやそう」そして「女性議員がふえてから質を考えよう」という議論がかならず出てきます。この議論に反対すると、「ココロがせまい」「女の足をひっぱる女のテキ」と言われます。わたしは6年間、女がつながる可能性を運動の現場で模索してきましたが、いまはそこからはなれ「無党派・市民派」でつながる道を選びました。
 ただ女性議員の数だけがふえても、「女性差別を受けいれ容認し、強いものが弱いものを支配する現在の体制に賛成する」「政党に所属し、組織の論理を優先する」女性議員であれば、なにも現状はかわりません。むしろ現体制を補完し、既存の権力構造にはいり、男性議員といっしょに無党派・市民派議員を抑圧する側にまわるだけでしょう。
 政党という制度のなかで政党を変えようとガンバッテいる少数派の女性議員を否定するつもりはありません。また、党派を問わず、ひろく女性議員をふやす運動を否定するものではありませんが、そういう人たちには、まず自分の所属する政党や組織の改革をやっていただきたいものです。
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『市民派議員になるための本』
(寺町みどり著/上野千鶴子プロデュース/学陽書房)
2-2 無党派・市民派議員とはなにか?

 自治体の議員は、選挙でえらばれた「特別職の公務員」です。
 憲法第15条には、「すべて公務員は、全体の奉仕者であって一部の奉仕者ではない」と定められています。このことは、議員が公平公正にその権限を行使し、利害のあい反する問題や、意見の対立する問題について、一部の人の利害ではなく、市民全体の利益とはなにかという判断をするということです。
 公平公正とはどういう意味でしょう? 市民全体の利益とはなんのことでしょう?
 議員は持っている大きな権力と権限を、どこに行使するのでしょうか?
 「政策」は、市民のすべてにまんべんなく効果をおよぼすわけではなく、特定のだれかに利益をもたらします。いままではそれが既得権を持っている人たちでした。では無党派・市民派議員はどこに立ったらよいのでしょうか?
 強い人と弱い人の利害が対立したとき、強者と弱者が争ったとき、だれから見てもその力の差はあきらかです。大きな力を持つ議員がまんなかに立てば、かならず強者を利することになるでしょう。議員の権限や権力が大きければ大きいほど、絶対的に弱者の立場に立ち、弱者の視点で判断するということが公平公正ということではないでしょうか。
 たいせつなのは、政党や組織に所属せず、数や権力や暴力などを行使する強者の論理を否定し、「わたし」の視点と弱者の論理で政治をすることではないでしょうか。
 わたしが考える無党派・市民派議員とは、強いものが弱いものを統治し抑圧するいまの社会の価値観を否定し、だれもが人間として大切にされ、よりよくくらせる地域社会をつくるためにはたらく「市民の政治家」のことです。
 「ジェンダーの視点を持ち、権力・権威を否定し、現行のシステムや制度を変えたい」と思っている人なら、男女を問わず手を組み、制度を変え、市民自治を実現できるでしょう。でも経験的には、そういう人に女性が多いのも事実です。

《法条文》
・憲法第15条「公務員を選定し及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
②すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。
③公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
④すべて選挙における投票の秘密は、これを冒してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問われない。
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『市民派議員になるための本』
(寺町みどり著/上野千鶴子プロデュース/学陽書房)
第2章 無党派・市民派とは・・・        
2-1 無党派・市民派議員とはだれか?

 無党派・市民派議員とは、だれでしょう?
第1に、「市民の政治」を実践し、市民自治をすすめる市民自身です。
第2に、市民と平場でつながり、市民型選挙をする人です。
第3に、政党や組織に所属しない人です。
第4に、市民の視点で議会に立ち、「わたし」の考えで発言し決断する人です。
第5に、だれの代理代弁もせず、直接民主主義を実践する人です。
第6に、弱い立場の市民のためにはたらく人です。
第7に、利益誘導をしないで、公平公正にはたらく人です。
第8に、市民のための政策を提案し、実現する人です。
第9に、現行のシステムや制度をかえる人です。
第10に、差別や暴力のない社会の実現をめざす人です。

最後に、無党派・市民派議員とは、これらを自治体現場で実践するあなたのことです。
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『市民派議員になるための本』(寺町みどり著/上野千鶴子プロデュース/学陽書房)
1‐5 「市民参加」とはいうけれど

 「地方自治の実践は、民主主義の学校であり、民主主義を成功させる最良の保証である」(ジェームズ・ブライス)
 21世紀のいま「行政と市民のパートナーシップを実現しよう」「市民参加をすすめましょう」というかけ声が聞こえてきます。だれが、どこに参加するの? なにかおかしいと、ここまで読んだあなたなら気づくことでしょう。地方自治の本旨から見れば、行政への「市民参加」ではなく、市民の政治に対する「行政参加」というべきでしょう。
 政策を執行している行政は、ほんとうは市民の代行者にすぎないのに、市民に対し権力を行使しています。行政と市民のパートナーシップという口あたりのよい標語のカゲで、行政「権力」とチカラのない「市民」が対等に手をつなげるなどという発想に酔いしれているうちに、市民のエネルギーはガスぬきされ、市民の自治意識はホネぬきにされていくのではないか、とわたしは心配しています。
 それならと、みずからの手で自治をつくりだそうとしているのが、無党派市民派議員です。以下の章では、無党派・市民派議員について、説明しましょう。

《参考》
・James Bryce(1838~1922)法学者・政治家

(コラム)

 市民参加
 「市民参加」とは、市民(住民)が、市民に深い関係のある自治体の政策の立案、審議、意思形成に自発的にかかわることです。じっさいには、行政主導による割り当てや動員など、市民の自発性や自主性によるものでなく、審議会で意見をのべるだけの、意思決定に影響を与えることのないのかかわりが「市民参加」と呼ばれていることが多いようです。 政策形成の過程で、行政職員や専門家だけでなく、ひろく市民の意見や意思を反映させる市民参加型の手法をとっている自治体もあります。
 市町村のような基礎自治体こそ、市民の直接参加を基本とする「直接民主主義型の市民参加」が実現できるのではないでしょうか。
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『市民派議員になるための本』(寺町みどり著/上野千鶴子プロデュース/学陽書房)
1‐4 「市民の政治」とはなにか?

 自治体政治の現場では、利益誘導型の利権政治が横行しています。行政が、住民の福祉や安全や健康を上から与える行政主導の発想で動き、市民を統治し抑圧しています。 
  「市民の政治」とは、代議制の議会の限界を越える、直接民主主義をみずから実践する「市民による自治」にほかなりません。法律は意思決定においても「議会を置かず有権者による町村総会を設けること」を認めています。
 「市民の政治」の実現は、遠くにある目標ではありません。日々の「市民=わたしたち」のくらしの場で実践されるものです。
 憲法と地方自治法がつくられて55年。いくら待っても実現されない「画に描いたモチ」を、もうわたしは待ってはいられません。「市民の自治」は、市民自身が、あなたが、わたしが、いま・ここで、つくっていくしかありません。

《法条文》
・〔議会の設置〕 地方自治法第89条
・〔町村総会〕 地方自治法第94条
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『市民派議員になるための本・・・・立候補から再選まで』(寺町みどり著/上野千鶴子プロデュース/学陽書房)
1-3 住民自治とはなにか?

 おさないころに別れた友と再会したときから、わたしのなかに大きな問いが生まれました。
 住民とはなにか?
 彼女はわたしと同じまちで生まれ、共に笑い、共に泣き、共に遊んだ友でした。30年後、彼女は「わたし指紋押捺を拒否する決心をしたの。みいちゃん、わたしといっしょにきてほしい」と在日コリアンとして本名をなのり、わたしの目の前に立っていました。
 住民とは、「自由な意志を持ち、地域社会でくらすすべてのひとびと」です。外国人も、おとしよりも、子どもも、障がい者も、「住民はひとしく行政サービスを受け、その負担を分担する」と法律に定められています。でも外国人には住民自治の基本の権利である「参政権」はありません。その他の義務はひとしく住民として負っているのに、です。
 参政権とは、諸権利のなかの権利、自分の運命を自分で決める権利のことです。その地域社会に日々くらしている、すべてのひとびとが、自分の運命を自分の意思で決めることができる-それが住民自治ではないでしょうか。

《法条文》
・憲法93条② 「地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏
員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。」
・〔住民の意義及び権利義務〕 地方自治法第10条
・〔住民の選挙権〕 地方自治法第11条

・《外国人の地方選挙権》 「最高裁(最判平7,2,28)は、憲法93条2項の住民は日本国民をいうと説きつつ、地方公共団体と特段に密接な関係を持つ永住者等に選挙権を付与することは憲法上禁止されていないと判示した。なお、憲法93条2項が「国民」ではなく「住民」と規定していることは、許容説を強化する根拠にもなる。」『法律キーワード事典』P38より。
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『市民派議員になるための本』
(寺町みどり著/上野千鶴子プロデュース/学陽書房)1‐2 「市民」とはだれか?

 あなたは、市民ですか? 住民ですか? どう呼ばれたいですか。
 「市民」というと、主体的な意思を持つ住民、という意味のように聞こえます。法律には、市民という言葉は出てきません。「住民自治」「住民監査請求」「住民及び滞在者」「住民の意義」すべて住民と書いてあります。
 「自治」が住民自治であることを考えれば、「市民」は「わたしのことは、わたしが決める」ひとびとのすべてをいうはずです。
 自治体の当事者はすべてのわたし。
 この本では「わたしのことは、わたしが決めたい」すべてのひとびとを、「市民」と呼ぶことにします。

《参考文献》
『超入門 地方自治制度はこうなっている』今井照著・学陽書房
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今日からいよいよ本文です。
まずは、第一部の「自治」編です。

1節ずつの文章は短いのですが、基本のき、いわゆる「理論」編にあたる部分です。
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『市民派議員になるための本・・・・立候補から再選まで・・・』
(寺町みどり著/プロデュース・上野千鶴子/ 発行 学陽書房)
第一部 自治
第1章 自治とは・・・

1-1 自治とはなにか?

 まずはじめに、基本のキからおさえておきましょう。でないとなんのために「政治」にかかわるのか、とりちがえることになりかねません。
 自治ってなに? 自治体ってなに? 政治ってなに? 意外とみなさん知らないものです。あなたもきっと、ヘェーって思うことでしょう。
 「自治」とは、「みずからの自由意志に基づき、自由に行為を行うこと」です。
 「自治体」とは、ものごとを決めるシステムのある地域社会のこと、そこで日々くらすひとびとの集団です。「役所は自治体の事務所」と法律に書いてあります。「みずから」とは、あなたのことであり、わたしのことです。
 当事者はわたし。
 「わたしのまちのことは、わたしが決める」。目からウロコ、でした。

《法条文》
・憲法第92条「地方公共団体の組織および運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、これを定める。」
・〔この法律の目的〕 地方自治法第1条
・〔地方公共団体の事務所の設置又は変更〕 地方自治法第4条
《参考》
「地方自治の本旨」とは→地方自治の本旨とはなにか明文された規定はないが、「国から独立した地方公共団体がその判断と責任で行う団体自治と、その事務の処理や事業の実施を住民の意思に基づいて行う住民自治の二つの要素がともに満たされることが必要である。団体自治は地方分権の原理を示し、住民自治は民主主義の精神をあらわすものと考えられるが、一般的には住民自治が地方自治の本質的要素であり、団体自治はその法制的要素である。(『議員必携』より)」といわれている。
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『市民派議員になるための本』は、2001年12月に、たった25日で書き下ろした本です。この本のプロデューサーは上野千鶴子さんです。
ど素人のわたしは、本を書くイロハを上野さんから学びました。
この本は、今読み返してもとてもよい本だと思うのですが、わたしが本を書けたのは、師匠がよかったからだと今でも思っています。
この本を書いた理由はふたつあります。
ひとつは、上野さんのため、もう一つは、まだ見ぬ読者のためです。
いま、この本の内容を連載するのは、ひとりで多くの人に立候補を決意してほしいから。
立候補がなければ、当選もありません。
選挙や政治がどういうものか分かれば、「私も議員になってみよう」という人が増えます。
本のメッセージは、「おわりに」こんな言葉で結んであります。

 わたしには、あなたに切実に伝えたいメッセージがあります。
 あなたが、本を読みながらこのわたしの経験を共有し、わたしからのメッセージを受けとり、読みおわって「わたしも市民派議員になりたい」と思っていらっしゃるなら、とてもうれしい。
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『市民派議員になるための本・・・・立候補から再選まで・・・』(寺町みどり著/プロデュース・上野千鶴子/ 発行 学陽書房)
 おわりに -

 『市民派議員になるための本』はラディカルな実用書です。
 わたしはこの本を、「読むだけの本」ではなく、現場で「使いたおしてもらうための本」として書きました。
 わたしが議員のとき、現場でつかえる本はほとんどありませんでした。議会はオドロキの連続で、わたしはなにかにつまづくたびに、『議員必携』や『自治六法』(ぎょうせい)をたよりに、行政実例や判例を調べ、法の解釈や運用を自治省(現総務省)や県地方課(現市町村課)に聞き、議会の内外で議論しました。
 まわりを見まわしても、この分野でさきを歩く人はいなくて、わたしは議会で多数派を相手に孤独なたたかいを強いられました。そんなわたしを支えてくれたのは、仲間やまちの女たちでした。
 この市民派議員をとりまく状況は、現在でも変わっていません。むしろここ数年、逆風は強くなり、わたしのまわりでも市民派議員へのイヤガラセや理不尽な懲罰事件がふえています。かくじつにチカラをつけ議会のなかでたかう市民派議員の存在が、多数派議員の足元の既得権をおびやかしているからです。
 ’99統一自治体選挙で、女性議員の数はたしかにふえましたが、議会で市民派議員としてはたらくのはカンタンなことではありません。多数派議員からの圧力やセクハラにあい、たたかうことをあきらめる市民派女性議員もすくなくないのです。
 だから、議会でなにが起きるかを知り、数の力に対抗するノウハウとスキルを身につけることは、市民派議員になるために必要なことです。わたしは、自分の経験とノウハウをあとにつづく女たちに伝えたいと思い、カオの見える関係のなかで、勉強会を続けてきました。

 昨年の夏、ひょんなことからわが家にあらわれて、「本を世に出しましょう」と言い出したのは、上野千鶴子さん。「書けません」と抵抗するわたしを、なだめたりスカシたり、とうとう自発的に本を書かせてしまったスゴ腕のプロデューサーです。
 11月、上野さんと7時間半かけて、自宅で5部構成約170項目の構成案をつくりました。わたしの書きたいことと上野さんのリクエストがかさなり、できあがった本の全体像を見て、よい本になると直観しました。
 「この手の本はテマがかかる」「発刊まで一年」と編集者の星野さんにお聞きし、マサカと思っていましたが、12月にわたしが初稿を書き下ろし、以来なんども3人のあいだを原稿が行き来しました。上野さんがこの本にかけた時間はボーダイなものでした。
 5月、確定原稿の打ちあわせのあと、地下鉄のなかで、上野さんに聞きました。
 「わたしの本のお仕事はアンペイドワーク(不払い労働)ですね?」
 上野さんは答えました。「いいえ。道楽です。」

 理論が経験を説明するものなら、理論を現場で具現化し実証することもできるハズです。この本は上野さんの著書から学んだ理論を現場でカタチにしたものだ、とわたしは思っています。制度のなかにはいって現場でたたかうには、その制度としくみを知ることが不可欠です。そのためには理論と言葉が必要です。
 現場と理論が乖離(かいり)しているとわたしは思いません。

 一年前、上野さんに「無党派・市民派とはなにか、わたしにわかるように伝えてください」と問われましたが、コトバにできませんでした。その答をわたしはこの本で書きました。
 わたしは本を書きながら、ドンドン景色が変わるという経験をしました。全体が見わたせるようになると、欠けているピースを自分でつくって入れました。できあがった絵は、わたしにとって思いがけないものでした。わたしはいま、あらたな地平に立っています。 
 わたしには、あなたに切実に伝えたいメッセージがあります。
 あなたが、本を読みながらこのわたしの経験を共有し、わたしからのメッセージを受けとり、読みおわって「わたしも市民派議員になりたい」と思っていらっしゃるなら、とてもうれしい。
 
 わたしが原稿を書くことに集中できる環境をさりげなくつくり、はんざつな資料の作成を手伝ってくれたパートナーのともちゃん、ほんとうにありがとう。
 学陽書房の名編集者、星野智恵子さんは、初心者のわたしの仕事を支えはげましてくださいました。交わしたメールはマクラになるほど。いまではわたしの大切なおともだちです。こころから感謝しています。
 そして、わたしを見つけ、わたしと組んで本をつくろうと言ってくださった上野さん。プロデューサー兼編集者として、はじめからおわりまで、わたしをあたたかく見まもり、原稿を読んで的確なコメントを出し、ていねいなコミュニケーションをしてくださいました。
 「同行二人」、わたしはあなたの存在にはげまされて本を書くことができました。
 この本のさいしょの一冊を、上野千鶴子さんに贈ります。

 --わたしが出会い別れたすべての人に、そしてこれから出会うあなたに、ありがとう。
                2002年 1年後の夏の日に 
                                          みどり
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『市民派議員になるための本・・・・立候補から再選まで・・・』
(寺町みどり著/プロデュース・上野千鶴子/学陽書房)

この本を書いてから、5年経ちます。

その間に、市町村合併がすすみ、国は小泉政権から安倍政権へといっそう右傾化しています。
「国」を重視し基本とする政策は、当然に地域社会の一人ひとりの「ひと」を見捨てることになり、弱者切捨ての政治手法は、子どもやお年より、しょうがいしゃ者など、いちばん弱い市民を直撃しています。
合併したらバラ色のはずだったのに、国からの合併特例債は数年で打ち切られ、甘いことばはウソだったと気づいたころには、どの自治体も厳しい財政状況に追い込まれていきます。
そんな流動的な政治状況は、市民派候補者にとって、不利なことばかりではありません。
既得権を持つ議員たちも、いままでのように地域密着の利益誘導型の選挙ができにくくなりました。
「ピンチはチャンス」。
今の政治状況に不安を感じている市民はたくさんいますし、このままでよいと思っている人ばかりではありません。
「政治を変えたい」市民にダイレクトに実現したい政策やメッセージを届ける市民型選挙は、手法さえ身につければ、だれにでもできます。
これから毎日、ひとつずつ、わたしからあなたへメッセージを届けます。
                                         みどり
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はじめに

 -わたしの趣味は、「政治」です。-
 エッとおどろくあなたは、「政治」のオモシロサを、きっとまだ知らないのでしょう。 わたしも以前は、政治も選挙も大キライでした。だから政治ギライの人の気持ちがわかります。コリ性だけどあきっぽいわたしが、「政治」の市民運動に10年もかかわって、生まれてはじめて本まで書いているのですから、“好きこそものの上手なれ”です。 政治の現場でつぎつぎにぶつかる問いに、さまざまな出会いのなかで、感じ、かんがえ、わたしなりの答えを見つけながら手さぐりで今日まで歩いてきました。そのみちすじをあなたと共にたどりたいと思います。
 わたしは1991年9月、岐阜市の北隣の人口19000人の小さなまち、高富町の議会議員に当選しました。立候補すると決心し、わたしのやりたい市民型選挙に取りくみ、当選してからは、初議会、議会での質疑・討論・採決、一般質問と、未知の経験ばかりで、セクハラにも遭遇しました。
 この本には、はじめて議員になる人が、じっさいに選挙や議会でつぎつぎに出会う経験を、立候補から再選まで時系列にそって、できるだけわかりやすく書きました。
 この本を読んで、「わたしもやってみよう」とあなたに思ってもらいたい-それがわたしの願いです。
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2003年の統一自治体選挙の半年前に発行した
『市民派議員になるための本・・・・立候補から再選まで・・・』(寺町みどり著/プロデュース・上野千鶴子/ 発行 学陽書房)をこれから一節ずつアップします。
「第1部 市民と自治」と「第2部 勝てる選挙』までで69節ありますので、約2ヶ月の予定です。
4年前はブログがなかったのですが、この本を読んで立候補し当選した人たちから、FAXやメールでたくさんの反響がありました。
2007年4月、この本を読んで、立候補を決意してくださる人がふえれば、うれしいです。

なお、1月20日と2月24日には「ウィルあいち(名古屋市)」で、遅れてきた人のために、本をテキストにノウハウとスキルを伝える、勝てる選挙「市民型選挙」の直前講座も予定しています。

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『市民派議員になるための本・・・・立候補から再選まで・・・』

はじめに

第1部 市民と自治

第1章 自治とは・・・
 1‐1 自治とはなにか?
 1‐2 「市民」とはだれか?
 1‐3 住民自治とはなにか?
 1‐4 「市民の政治」とはなにか?
 1‐5 「市民参加」とは言うけれど
     (コラム)市民参加

第2章 無党派・市民派とは・・・
 2‐1 無党派・市民派議員とはだれか?
 2-2 無党派・市民派議員とはなにか?
 2-3 女ならだれでもいいのか?
 2-4 無党派・市民派議員になにができるか? 


第2部 勝てる選挙

第3章 市民型選挙とは・・・
 3‐1 市民型選挙とはなにか?
 3‐2 従来型選挙とどうちがうか?
 3-3 だれもできる市民型選挙
 3‐4 市民型選挙のおちいりやすいワナ
 3-5 市民型選挙の注意事項

第4章 市民型選挙をたのしもう
 4‐1 市民型選挙はお祭りだ!
 4‐2 市民型選挙の行動3原則
 4‐3 市民型選挙は、人を変えまちを変える

第5章 立候補をどう決めるか?
 5‐1 出したい人より出たい人を
 5‐2 「決心するのはあなた」
 5‐3 あなたはなにがしたいのか?
 5‐4 どんな議員になりたいのか?
 5‐5 どんな選挙がしたいのか?
 5‐6 いつ立候補を表明するか?
 5-7 同じまちに複数の候補者がいる場合、どうするか?
 5‐8 選挙は当選をめざす!

 第6章 家族との関係
 6‐1 夫をどう説得するか?/夫はどうかかわるか?
 6‐2 子どもをどう説得するか?/子どもはどうかかわるか?
 6‐3 親(自分の親/夫の親)との関係をどうするか?
 6‐4 親族との関係をどうするか?
 6‐5 選挙でくらしはどう変わるか?

第7章 これまでの仲間や地域とどうかかわるか?
 7‐1 候補者になったら周囲はどう変わるか?
7‐2 仲間はどう反応するか?
 7‐3 仲間とどうつきあうか?
 7‐4 地域とはキョリをおく
 
第8章 公選法をどう使いたおすか?
 8‐1 公職選挙法とはなにか?
 8‐2 政治活動とはなにか?
 8‐3 どこまで許されるか?
 8‐4 選挙違反はしない

第9章 仲間をどうつくるか?
 9‐1 信頼できる核はあるか?
 9‐2 ヒトからヒトへどうひろげるか?
 9‐3 集会で仲間をふやそう
 9‐4 事務局体制をどうつくるか?

第10章 カネがなくても選挙はできるか?
 10‐1 選挙費用はだれが出すのか?
 10‐2 公費負担はあるか?    
 10‐3 カンパをどうあつめるか?
 10‐4 費用負担と権利・義務関係
 10‐5 ムダなカネはかけない
10-6 残った借金はどうするの?

第11章 政策・公約をどうつくるか?
 11‐1 どんな政策にしたいのか?    
 11‐2 政策づくりは仲間とチエを出しあって
 11-3 市民との関係のルールづくり
 11‐4 経験者に学ぶ

第12章 メッセージをどう届けるか?
 12-1 政治活動をすすめるにあたって 
 12‐2 文書でメッセージを送るには   
 12‐3 読みやすいリーフレットをどうつくるの?
 12‐4 メッセージをどう届けるか?
 12-5 はなしことばでメッセージを伝える
 12-6 どんなパフォーマンスをするか?
 12-7 メディアをどう活用するか?
 12-8 ネガティブ・キャンペーンが起こったら?

第13章 告示日までになにを準備するか?
 13‐1 選挙事務所をどうするか?
 13-2 選挙カーの準備をどうするか?
 13‐3 ポスターの準備をどうするか?
 13‐4 公選はがきのあて名書きをひろげよう
 13‐5 人手の手配はどうするか?

第14章 いよいよ選挙
 14‐1 告示日をどうむかえるか?
 14‐2 選挙事務所の運営をどうするか?
 14‐3 選挙カーの運行のノウハウ
 14‐4 選挙カーからの連呼のノウハウ
 14‐5 候補者の演説のコツ
 14‐6 公選はがきをどう使うか?
 14‐7 支援者とどうつきあうか?
 14‐8 でんわ一本、支持のもと
 14‐9 投票日はどうすごすか?
 14‐10 「当選はスタート」です

第15章 もしも落選したら・・・
 15‐1 選挙の結果は厳粛に受けとめる
 15‐2 タダの市民にはもどれない
 15‐3 「やってよかった」市民型選挙


第3部 議会ではたらく

第16章 議員
 16‐1 「当選してからが本番」です~一夜あけたら
 16‐2 議員はまちの権力者
 16‐3 議員の権力を有効利用しよう

第17章 議会(基礎自治体)
 17‐1 地方自治法を使いたおそう
 17‐2 議会は条例と予算を決める
 17‐3 議会には定例会と臨時議会がある
 17‐4 議会を維持するのにどのくらい税金が使われるか?
      (コラム)高富町の議会費の例
 17‐5 議員の身分と報酬は?

第18章 議会運営
 18‐1 初議会にどうのぞむか?
 18‐2 なにを着ていくの?
 18‐3 議会の慣例にはしたがわない
 18‐4 政党と会派の関係は?
 18‐5 議会運営委員会と会派代表者会議のちがいは?
 18-6 議会のウラオモテ-多数派と交渉するコツ

第19章 議案審議
 19‐1 議案審議の流れを知ろう
 19-2 「議員平等の原則」は、無党派・市民派議員の味方
 19‐3 本会議と委員会はどうちがうの?
      (コラム)議会公開の原則
 19-4 予算審議は政策の事前評価
 19‐5 予算(補正予算)審議のなにが問題か?
 19‐6 決算審査は政策の事後評価
 19‐7 条例案審議のなにが問題か?
 19-8 表決のとき-決断するのはあなた
      (コラム)初議会のハプニング

第20章 発言
 20‐1 議会では言論が武器
 20‐2 発言はなかったことにできない
 20‐3 一般質問と質疑はどうちがうの?
 20-4 質疑・質問にどんなルールがあるのか?
 20‐5 基本は知らないことを聞かない
 20‐6 一般質問をどうつくるか?
20-7 討論とはなにか?
      (コラム)エッ、討論がない?!
 20‐8 論理的説得力を身につけよう
 20‐9 ヤジや侮辱にどう対応するか?

第21章 議場の外でなにが起こるか?
 21‐1 出あいがしらのジャブ
 21‐2 市民派に対するイヤガラセにどう対処するか?
 21‐3 セクハラにどう対処するか?
 21‐4 他党派女性議員とどうつきあうか?
 21‐5 懇親会に出るか出ないか?

第22章 議会改革
 22‐1 慣例と前例を変えよう
 22-2 議員の通信簿をつけよう~市民の傍聴を活用しよう
 22‐3 議会事務局をどう変えるか?
 22-4 法律どおりの議会の実現を~自治法、会議規則、委員会条例の遵守
 22-4 議会をほんものの「言論の府」に!
 22-5 議会制度の根本的改革を


第4部 政策実現への道

第23章 政策
 23‐1 政策とはなにか?政策不在の自治体行政
 23‐2 政策と予算執行との関係は?
 23‐3 条例と政策との関係~上位法との関係は?
 
第24章 政策をつくる
 24‐1 問いを立てる
 24‐2 ニーズを探る/情報収集をする
 24‐3 先進事例に学ぶ
 24‐4 利用可能な社会資源を見つける
 24‐5 政策を設計する
 24‐6 事前評価する(効果と限界を測定する)
 24‐7 根拠と説得力のある議論を組み立てる

第25章 市民派議員と政策
 25‐1 政策ビジョンと得意分野をつくる
 25‐2 政策を実現するアノ手,コノ手
 25‐3 政策を審議する~議会で取りあげる
 25‐4 議員立法、市民立法を活用しよう

第26章 政策評価
 26‐1 政策評価はなぜ必要なの?
 26-2 事前評価ってなに?
 26‐3 事後評価ってなに?
 26‐4 評価手法と評価基準
 26‐5 市民監視員(オンブズパーソン)はどうして必要なの?
 26‐6 住民監査請求と住民訴訟をどう使うか?
 26‐7 だれが責任をとるのか?

第27章 のぞまない政策に介入する
 27‐1 政策を変える
 27‐2 政策に待ったをかける
      (コラム)自動車専用道路計画のルートを凍結させた!
 27‐3 政策を廃止する
      (コラム)農薬空中散布をやめさせた!
 27‐4 違法状態の改善

第28章 情報公開
 28‐1 すべての情報は市民のもの
 28‐2 情報公開制度を使いたおす
      (コラム)県議会懇親会費の情報非公開取消訴訟で勝訴した
 28‐3 職員の意識を変えよう
 28-4 公文書は語る
      (コラム)公文書を再分析する

第29章 財政に強くなろう
 29‐1 一般会計と普通会計どうちがうの?
 29-2 委託料と補助金どうちがうの?
 29-3 予算書/決算書の読みかた

第30章 行政とどうつきあうか?
 30‐1 首長とどうつきあうか?
 30‐2 管理職とどうつきあうか?
 30‐3 一般職員とどうつきあうか?
 30‐4 よい政策は実現する


第5部 市民と議員

第31章 市民派議員とどうつきあうか?
 31‐1 たかが議員、されど議員
 31‐2 市民派議員も市民のひとり
 31-3 市民派議員は、それでも権力者
 31‐4 儀礼・行事にどうつきあうか?
 31‐5 仲間とどうつきあうか?~代表・代弁はしない
 31‐6 市民とどうつきあうか?~利益誘導はしない
 
第32章 カネ
 32‐1 議員はおいしい仕事
 32‐2 議員報酬はどうつかうか?
 32‐3 調査費をどうつかうか?
 32‐4 冠婚葬祭にはカネを出すか?
 32‐5 市民にどう還元するか?

第33章 情報発信・情報収集
 33‐1 市民になにを伝えるか?
 33‐2 市民にどう伝えるか?
 33‐3 情報収集にメディアをどう使いこなすか?-マスコミからミニコミまで

 33‐4 自己研修~どこでなにを学ぶか?

第34章 市民派議員は、だれと、どう手をつなぐか?
 34‐1 市民派議員のネットワークはどうして必要なの?
 34‐2 む・しネットの役割は・・・
 34‐3 全国ネットワークはどうして必要なの?
           
第35章 つぎの選挙にどうつなぐか?
 35‐1 継投するか、しないか?
 35‐2 バトンタッチするランナーを育てる
 35‐3 任期4年の自己評価をする
 35‐4 選挙は進化する

おわりに

「産婆役」役の立場から 上野千鶴子
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上野千鶴子さん発「闘って得たものは闘って守り抜く」に続いて、『インパクション』154号の特集《反撃するフェミニズム》にから転載したわたしの記事です。
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公的な手続きと手法を駆使して
       「福井発・焚書坑儒事件」でたたかう
                       寺町みどり

 5月1日「ジェンダー関連の図書約150冊が『福井県生活学習館』の書架から排除された」という情報が飛びこんできた。「ひとごとではない」と強いいきどおりを感じた。
 著書10数冊が排除本に入っているとされた上野千鶴子さんからもメールが届き、福井県敦賀市議の今大地はるみさんと、行政手続きに詳しいつれあいの知正さんと対応を相談した。療養中の今大地さんは「問題をみすごすことはできない」と抗議行動を起こす決意をしていた。わたしは、彼女と行動をともにすると心に決めた。
 5月2日、まずは事実関係をおさえようと、「図書排除に関連するすべての文書」を情報公開請求した。同時に、当面の目標を「図書を書架に戻させる」と定めた。そうとなれば話しは早い。「住民監査請求と抗議文」提出のダブルアクションを起こすため賛同者を呼びかけた。
 5月11日、今大地さんが福井県に対して「住民監査請求」と「抗議文」(2団体44名)を提出した。「図書代金の全額返還もしくは書架への復帰」を求めた監査請求は職員にはかなりのショックのはず。これで図書は戻るだろうと思っていたら「本は元に戻す方針」と翌日の新聞に載った。わたしたちが行動を起こさなければ、図書はひそかに処分されていただろう。5月16日、図書はぶじ書架に戻った。
 5月18日、わたしたちの抗議文に対し、福井県知事から「個人に対する誹謗中傷や他人の人権の侵害等公益を著しく阻害するような内容がないかなど再確認を行いましたが、著者の思想的、宗教的、政治的活動について確認したわけではありません。・・・現在は、当該図書の確認作業を終了し、全ての書籍を元の書架に戻しております。・・・」と図書の排除を正当化する回答が文書で届いた。一連の「公権力の検査=本の内容を確認する行為」自体が、憲法で禁止されている「検閲」にあたる。図書の排除は、思想・表現の自由の侵害である。
 公文書の公開決定は1カ月延期され、6月16日、404枚の公文書が届いた。内訳は「書籍リスト」は「非公開」。意思決定文書や検討文書などはすべて「不存在」。「不存在は納得できない」と抗議すると、「文書はある」という。書籍リストの「非公開」も取り消され、「一部公開決定通知書」と経過が分かる公文書10枚、「黒塗りリスト」5枚が届いた。当事者の上野さんにも150冊の図書リストの非公開を伝え、訴訟を前提に4人の連名で呼びかけて、6月26日、著者や編集者、議員など21人で「約150冊の書籍リスト」を情報公開請求した。
 7月7日、「書籍リスト」は「黒塗り」で公開された。(公開しない理由)は、「公にすることにより、個人の権利利益を害するおそれがあるため」「公にすることにより、事業を営む個人の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるため」。非公開は著者の権利を侵害する。決定を不服とするわたしたちは訴訟の準備をはじめた。
 7月27日、図書リストの公開を求めて「情報非公開処分取消訴訟」を、1カ月後の8月26日に提起することを公表した。原告は上野千鶴子さんを代表とする20人。
 8月11日、福井県からとつぜん電話があり「153冊の図書リストを公開する」という。リストは、当事者の請求人に公開する前に公表する予定というので強く抗議。福井県の唐突でイレギュラーな処分変更に対し、即日「抗議文」と「公開質問状」を送付した。「153冊の図書リスト」が公開された時点で、勝てると確信していた提訴は「まぼろしの訴訟」となった。処分の違法性を、司法の場で争えなかったのは残念だが「所期の目的は達成できた」。変更理由は、本来なら「県の条例解釈に間違いがあったから非公開処分を取り消す」となるはずだが、理由はうやむや。訴訟を回避したいというのが本音だったのだろう。
 集会前日の8月25日午後、福井県から、公開質問状の回答と、37冊のあらたな排除リストと「図書選定基準」がFAXで届いた。リストは4月に推進員が排除せよと持ち込んだもので、要求したら任意提供された。このリストが任意公開できるなら、そもそも153冊の「非公開」もなかったはずだ。
 8月26日、「提訴集会」を変更して、福井市内で「ジェンダー図書排除問題を問う」と題して抗議集会を開催した。今大地はるみさん、知正さん、わたしの3人が事件の経過と問題点を報告し、原告団代表の上野千鶴子さんが「わたしたちの勝利」と宣言。福井県内外から参加した180人のあつい思いが結集した3時間。ほんとうにやってよかった。
 8月29日、福井県知事に対し、集会で提案した「福井県男女共同推進条例」20条2項に基づく「苦情申出書」を「『ジェンダー図書排除』究明原告団および有志」80名(42人は福井県民)で提出した。
 公開された公文書を精査すると、以下の事実が浮かぶ。
 「昨年11月1日、男女共同参画推進員からの『生活学習館のすべての図書について内容を確認し、不適切なものは排除するように』との苦情申出に、県は28日『情報の提供は学習する上で必要である』と文書回答し、申出を却下。その後、推進員は190冊の書籍リストを作成。今年1月に153冊分のリストを持参し、その後何度も排除の申し入れをくり返した。県は3月下旬になって、153冊の図書を書架から撤去した。4月にはさらに37冊の排除も求められたが拒否。5月に図書排除への抗議を受けると、153冊の内容を『個人への誹謗や中傷や人権侵害、暴力的表現などの公益を著しく阻害するものがないか』検閲し、5月15日、問題がないとしてすべての本を書架に戻した」。
    *   *   *
 法律は、どのような理由であれ、蔵書を公的施設から撤去することを認めていない。この事件が起きて以来、わたしは情報公開請求の当事者として、県職員と話し合いを続けてきたが、場あたり的な対応と無責任さにあきれている。図書排除は、一推進員の圧力に屈したというよりは、むしろその場のがれの行政の事なかれ主義と隠蔽体質が引き起こしたというべきだろう。国と自治体は、法的には対等な関係で、福井県の政策は「条例」が根拠であり、図書の選定に国の権限は及ばない。「国の方針変更に従った」というのは、福井県の失態である。そもそも、現場の職員が、法令を遵守して、勇気を持って毅然とした対応をしていれば事件は起きなかった。
 わたしたちは今回の事件に「福井発・焚書坑儒事件」となづけ、迷走する福井県に対して、有効な手法を選択しながらたたかってきた。勝因は、メンバーの役割分担とチームワークのよさ、合意形成がはやかったこと、制度を熟知してタイムリーに動けたことだと思う。MLやブロクを駆使しての情報発信も役だった。現行制度は、表現の自由や基本的人権を守り、「男女共同参画」政策を推進するものだ。数はあるに越したことはないけど、バックラッシュ派のやり口は法に抵触している場合が多いので、制度を味方につければ、少数の市民でもできることは多い。
 国や地方の権力に抵抗するには、まず「わたしがノーということ」。情報公開制度を使って、なにが起きたか事実関係を精査し、問題を特定することによって、有効な解決方法を選択することが可能になる。
 図書排除事件は福井県だけの問題ではない。図書や講師の選定に対する圧力は、全国どこでも起こりうることだ。事件はいつも、わたしたちの足元で起きる。バックラッシュに対抗するには、わたしたち市民が「行政監視の手法」を身につけて、公的な手続きを駆使して、自治体(行政や議会)にはたらきかけることが不可欠だと思う。
 わたしは行政のカベにぶつかり続け、いま「政治を変える」運動にかかわっている。市民運動は、あらゆる政策において、権力に対峙し「バックラッシュ」や声高に叫ぶものに対し、着実に「正攻法」の異議申し立ての運動と経験を積み重ねてきた。現行の法や制度には限界もある。けれど、力を持たない市民として、制度を熟知し有効な手法を選択しながら一つひとつの出来事にていねいに対応していきたいと思っている。 
 「わたしの(まちの)ことはわたしが決める」。直接民主主義の法や制度をつかった個人のネットワークが、上意下達の中央集権的な動きに対抗できることを女たちに伝えたい。
 わたしは未来に対して楽観も悲観もしていない。仲間とともに「いまここで」わたしにできることを実践していくだけだ。いままでも、そして、これからも。
 (『インパクション』154号・特集《反撃するフェミニズム》より転載)
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# by midori-net | 2007-01-03 10:40 | 活動
『福井『ジェンダー図書排除」究明原告団および有志」の代表・上野千鶴子さんの「連載 女たちの未来 明日へのメッセージ 闘って得たものは闘って守り抜く」を紹介します。

とっても元気の出るメッセージです。
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  女たちの未来  
明日へのメッセージ         上野千鶴子さん発
       闘って得たものは闘って守り抜く
                
 日本のフェミニズムは行政主導型フェミニズムだ、という人がいる。とんでもない。歴史を歪曲してはならない。
 1985年に国連女性差別撤廃条約の批准を前に、滑り込みで成立した男女雇用機会均等法は、関係者にとっては少しも新しくなかった。結婚退職の禁止も、若年定年制の廃止も、それ以前に女性労働者が法廷で闘って勝ち取っていた。大卒女性の採用はそれ以前から始まっていたし、総合職扱いの女性幹部要員も一部の企業ではすでに生まれていた。職場の状況が変わったとしたら、それは法律のせいではない。それ以前に女性が変化していたからだ。法律の内容の多くは、すでに起きた変化を追認するものだった。均等法はそれに、女性がのぞまなかったものを付け加えた。保護の撤廃だ。保護抜き平等で、働けるだけ働いてもらう・・・ネオリベと男女共同参画フェミニズムの結託は、この頃からすでに始まっていたが、これでは少子化が進むのも無理はない。
 80年代には女性センター建設ラッシュと啓発事業ブームが起きたが、それだってすでに民間が先行していた動きに追随したものにほかならない。ハコモノ行政に利用したのは、首長たち。女性は大理石のバブリーな建物をのぞんだわけではなかった。草の根の女性団体が集会場所をつくりたいと、1円募金で建てた大阪市の婦人会館のように、もとはといえばローカルなニーズから始まったものだ。ようやく財団ができ、プロパーの職員が誕生し、女性運動の担い手の中から相談事業の相談員や専門的な職員が次々に生まれていったが、それというのも行政の側にノウハウも情報もなく、民間の力を借りなければならなかったからだ。社会教育事業ももとはといえば、手弁当で集まった民間のサークルから始まった。そしてそのなかから、自分の生活実感を理論化しようと女性学の担い手たちが育っていった。こういう水面下の動きが目に入らない人々は、法と行政の動きだけを見て、日本のフェミニズムを「行政主導型」と呼ぶ。
 今どきの若い女たちは、あたりまえのように大学へ進学し、卒業すれば企業に就職することを選択肢のひとつに入れ、セクハラに遭えば怒る。彼女たちがあたりまえだと思っている権利は、ほんの4半世紀前にはあたりまえではなかった。どれもこれも、年長の女たちが闘って獲得してきたものだ。恩に着せようというわけではない。
 闘って獲得したものでなく、与えられた権利はたやすく奪われる。闘って獲得した権利ですら、闘って守りつづけなければ、足元を掘り崩される。女の元気を喜ぶ人たちばかりではない。「女は黙っていろ」、「おとなしく台所にひっこんでいろ」、「生意気だ、でしゃばるな」という声は、潜在的にはいたるところにある。グローバリゼーションとネオリベのもたらした危機のもとで、保守派はすでに余裕を失っている。そして規格にはずれた女をターゲットにする反動の戦略は、昔も今もホモソーシャルな「男同士の連帯」をつくりだすには、いちばん安直だが有効な手段だ。バージニア・ウルフはナショナリズムを「強制された同胞愛」と呼んだ。「女ではない」ことだけを男性的主体化の核に置く脆弱なアイデンティティの持ち主たちが、「ジェンダーフリー」バッシングというミソジニーを、「よっ、ご同輩」と男同士の「同胞愛fraternity」のために利用するのはあまりにみえすいた構図だ。
 歴史には「一歩前進二歩後退」もあることを、過去の教訓は教えてくれる。未来は明るいばかりではない。というより、「明るい未来」はだまっていてもやってこない。ある朝起きてみたら、こんなはずではなかった・・・と思わないですむために、今、果たさなければならない責務がある。
『女性情報』2006年10月号より
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「ある朝起きてみたら、こんなはずではなかった・・・と思わないですむために」
おごらず、あせらず、あきらめず、
「いま・ここ」で、わたしにできることをやっていきたい。
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あけましておめでとうございます。

ブログの更新をずいぶんサボっていました。
ブログを3つも管理しているので、どうしてもメーンのブログばかり更新することになります。
とはいえ、今年4月は統一自治体選挙の年なので、一味変わった記事を工夫したいと思います。

みどり
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# by midori-net | 2007-01-01 10:17 | 活動
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